活力のある組織には、小さな挑戦がある――過去を否定せず、次に進むためのSLTOステップ
0.活力のある組織には、小さな挑戦が息づいている
福祉サービス第三者評価の評価者として多くの園を訪問する中で、私は一つの確信を持つようになりました。活力のある組織には、小さな挑戦があります。職員同士の対話があり、日常の中で小さな工夫が続いている園では、些細な不便や疑問に対して、「こう変えてみようか」という小さな挑戦が自然に繰り返されています。
もちろん、その挑戦は特別なものではありません。会議の進め方を少し変えてみる。記録をもっと活用しやすい形にしてみる。保護者への伝え方を工夫してみる。子どもの姿に合わせて行事の進め方を見直してみる。一つひとつは、ごく小さな取組です。
しかし、その小さな挑戦は、単に業務を改善するためだけに行われているわけではありません。
「気づいたことを言葉にする。」
「互いの考えを聞く。」
「まずは小さく試してみる。」
「結果を振り返り、次につなげる。」
こうした営みが繰り返されることで、組織には、自分たちで考え、自分たちでより良い保育や運営をつくっていこうとする力が育っていきます。
小さな挑戦の積み重ねによって生まれる活力は、とても大きなものです。
ただ、その土台は決して強固なものではありません。
「失敗してはいけない」「前例どおりに進めた方が安全だ」「責任を負いたくない」といった空気が少しずつ広がるだけで、人は新しい提案を控えるようになります。
小さな挑戦が止まったことが、すぐに目に見える問題として現れるわけではありません。けれど、気づきを言葉にすること、試してみること、振り返ることが少しずつ減っていくことで、組織はゆっくりと活力を失っていきます。
だから私は、この活力を支えているものは、制度や仕組みだけではなく、「安心して考え、安心して試せる」という日々の対話や組織の姿勢なのだと思っています。
本稿では、私がさまざまな園の事例に触れる中で、その背景に共通していると感じた思考の流れを、「SLTOステップ」として整理してみたいと思います。
1.改善は、過去の否定として受け取られることがある
改善は、本来、前向きな言葉です。今より少し良くする。よりよい状態に近づける。そのために現状を見つめ直す。保育園の運営においても、改善は欠かせない営みです。
しかし現場では、改善という言葉が、過去の否定として受け取られてしまうことがあります。
・「これまでのやり方ではだめだったということか」
・「自分たちのしてきたことが間違っていたということか」
・「前の担当者のやり方が悪かったということか」
そう受け止められると、改善は前向きな活動ではなく、防御を生む言葉になります。
新しいことを考えるよりも、自分たちを守ることに力を使うようになり、意見を出すことを避け、前例のある方法だけを選ぶようになります。
さらに、過去の取組が「誰が悪かったのか」という視点で語られるようになると、人は自分の判断よりも、責任の所在を気にするようになります。
・「これは前から決まっていたことです」
・「前任者の時代からそうでした」
・「自分の担当ではありません」
・「私は言われた通りにしていただけです」
このような言葉が増えるのは、責任感がないからとは限りません。過去の判断が後から責められる職場では、自分を守るために、判断の主体を自分以外のところへ置こうとするからです。すると、組織の関心は「これからどうするか」ではなく、「誰の責任だったのか」に向きやすくなります。
本来であれば、課題に気づいた人が発信して組織内で共有し、次の一手を考え、実践に移るという流れで、改善や挑戦が行われるでしょう。けれど、過去の否定が強くなると、気づいた人ほど慎重になります。人は発言を控えます。判断を避けます。できるだけ自分の名前で決めないようになります。それは意見を出せば、誰かを責めているように受け取られるかもしれない、新しい提案をすれば、今度は自分が責任を負うことになるかもしれないからです。
もちろん、過去を否定しないということは、無批判に今のままでよいという意味ではありません。事故防止、衛生管理、個人情報保護、職員の働き方、保護者対応など、今の制度や社会の要請に合わせて変えなければならないことはあります。
大切なのは、過去を責めるために見直すのではなく、次に進むために見直すことであり、改善の始まりは、「誰が悪かったのか」ではなく、「何を変えれば次に進めるのか」と考えることです。小さな挑戦が生まれ、活気のある組織では、過去を責めるのではなく、次に向けて考える姿勢が保たれているのだと思います。
2.取組には、その園なりの理由がある
保育園の現場には、さまざまな取組があります。
行事の進め方、会議の内容、職員育成の方法、保護者への情報発信、記録の書き方、地域との関わり方。外から見れば似たように見える取組でも、話を聞いていくと、その背景は園によって違います。同じ園でも、次に訪問した時には変わっているということも珍しくありません。
ある園では、行事を通じて地域とのつながりを大切にしている。別の園では、子どもの日常の遊びから行事を組み立てようとしている。また別の園では、職員の負担を考え、行事の数や準備の方法を見直している。
会議も同じです。情報共有を重視して会議を多くしている園もあれば、現場を離れる時間を減らすために、記録や掲示を活用している園もあります。園長や主任が方向性を示すことを重視する園もあれば、職員同士の対話を増やそうとしている園もあります。
どの方法にも、利点もあれば、課題もあり、取組の形だけを見て、簡単に良し悪しを決めることはできませんし、絶対的な正解があるわけではありません。そこにある違いとは、「何を大切にしてきたのか。」「どのような困りごとがあったのか。」「何を守ろうとしたのか。」「どのような制約の中で、その方法を選んだのか。」という、そこに至るまでのストーリーです。
現場の取組は、その園の歩みの中で形づくられてきたものです。多くの「今となっては不合理に見えること」も、当時の人員体制、地域や保護者との関係、職員の経験、園として大切にしてきた価値、それらの中で選ばれてきました。
だからこそ、改善を考えるときにも、その歩みを切り離して考えることはできないのです。これまでの取組には、その時々の状況の中で選ばれた理由があります。ただ、時間が経てば、制度や社会の変化、職員体制、子どもや保護者の姿の変化によって、そのままでは合わなくなることもあります。
大切なのは、「前のやり方が悪かった」と考えることではありません。
「これまで何を大切にしてきたのか。」
「今は何が合わなくなっているのか。」
「その価値を、今の状況に合う形で引き継ぐことはできないか。」この順番で考えることです。
取組の背景を見ないまま、今の基準だけで良し悪しを決めてしまうと、次に何を引き継ぎ、何を変えるべきかが見えにくくなります。
一方、その園の歩みを踏まえて考えることができれば、改善は過去を否定するものではなく、これまで大切にしてきた価値を、今の状況に合う形へつなぎ直す営みになります。
3.「過去は善」として見る
こうした園の歩みを受け止めるうえで、私が大切にしている言葉があります。
「過去は善」。
これは、私が第三者評価の仕事に関わる中で、先輩の評価者である横滝公市氏(ヒューマンブラザーズ株式会社)から教わった言葉です。
この言葉の真意は、過去の取組を無批判にすべて正しいとすることではありません。見直すべきことから目をそらすことでもありません。過去があるからこそ、今があり、その時点での制約や判断を見ようとすることが、今を理解するために重要であるということを意味しています。そして、そこにあった努力や願いを受け止めたうえで、今の状況に合う形を考えることの大切さを伝えている。私は、この言葉をそのような意味で受け止めています。
保育園に限らず、多くの組織において、経営・運営を行うとき、単純な正解と不正解で判断できることの方が少ないのではないかと思います。今ある取組も、いきなり今の形になったわけではありません。その時々の事情や園として大切にしてきた価値の中で、不確実な未来を見据えながら、少しずつ形づくられてきたものです。
だからこそ、今の基準に照らして、課題があるというだけで、過去を断ずるのではなく、まずその背景を見る必要があります。
過去を急いで裁かない。けれど、今の状況に合わせて必要なことも考える。
この両方を保ちながら次の一歩を考えるために、私は、肯定的な思考を支える補助線が必要だと感じるようになりました。
4.「SLTOステップ」で肯定的な思考を支える
「SLTOステップ」は、特別な理論ではありません。組織を劇的に変える手法でもありません。
日々の振り返りや対話の中で、考えが硬くなりそうなときの小さな補助線です。
・S(Sight)は、事実を見ることです。
何が起きているのか。誰が、どの場面で、どのように動いているのか。どこに困りごとがあり、どこに工夫があるのか。まずは、評価を急がずに現場の姿を確かめます。
・L(Line)は、経緯など、過去と現在のつながりを見ることです。
なぜその方法が選ばれたのか。どのような制約があったのか。誰の安心につながり、誰の負担になっているのか。取組を点ではなく、線として、背景や関係性の中で見ます。
・T(Turn)は、未来へ向き直ることです。
過去を見つめるだけで終わらず、何を引き継ぎ、何を変えるのかを考えます。過去を断ち切るのではなく、そこにあった願いや価値を理解・尊重したうえで、今の状況に合う形へ向きを変えます。
・O(Outlook)は、少し高い視座から次の一歩を考えることです。
目の前の困りごとだけに反応するのではなく、園全体として何を大切にしたいのか、職員の育ちや子どもの生活にどうつなげたいのかを考えます。そのうえで、現場が実際に試せる小さな一歩を決めます。
SLTOは、正解を出すための道具ではありません。行動を決められた順番どおりに進める業務手順でもありません。大切なのは、結論を急がず、事実・背景・未来という順番で考えることです。
現場で何か課題が見えたとき、私たちはすぐに「どう直すか」を考えたくなります。しかし、課題の多くは、一つの原因だけで生まれているわけではありません。人員体制、経験年数、園内の役割分担、保護者との関係、これまでの経緯などが重なり合って、今の状態をつくっています。
そのため、最初から「誰が」「何を」「どう直すか」に入ると、見える範囲が狭くなります。たとえ早く対応できたとしても、背景にある大切なものを見落とすことがあります。
そこで、SLTOでは、まず事実を見て、背景をたどり、そのうえで未来を考えるという順番を大切にします。これは、業務を機械的に進めるための手順ではなく、考えを急ぎすぎないための思考のステップです。
簡単に言えば、温故知新です。
温故知新という言葉は、多くの人が知っています。過去に学び、そこから新しい知恵を得る。そう言えば、とても当たり前のことです。けれど、現場で難しいのは、その当たり前を実際に行うことです。忙しさの中では、過去を急いで評価し、そこに歪みの理由を当てはめてしまいがちです。責任の重さの中で、失敗を早く処理しようとしてしまいます。めまぐるしく変化する社会情勢や顧客ニーズ、他者評価にさらされる緊張の中で、できているか、できていないかから、「正解らしきもの」を得ようとしてしまいます。
SLTOは、その流れを少しだけゆるめるためのものです。
・「なぜできていないのか」と責める前に、「何が起きているのか」を見る。
・「誰が悪かったのか」と探す前に、「なぜそうなったのか」をたどる。
・「どう直すのか」と急ぐ前に、「何を大切にして、どこへ向かうのか」を考える。
そのために、ものを見る順番を示してくれる考え方であり、問いの立て方なのです。
5.会議や記録の見直しにも使うことができる
SLTOを活用できる場面を考えてみましょう。当然組織の重要課題や今後のビジョンを策定するなどの、大きな改革や中長期的な課題を考える場面に使えるでしょう。それだけではなく、日々の小さな見直しにも使いやすい考え方です。
たとえば、会議です。会議がうまく機能していないとき、「発言が少ない」「時間が長い」「決定事項が曖昧」といった課題が見えてきます。そこで、すぐに「もっと発言しましょう」「時間を短くしましょう」と言うこともできます。
しかし、その前に、SLTOを使って見方を少し変えてみます。まず、事実を見る。誰が発言しているのか。どの議題では発言があり、どの議題では発言が少ないのか。決まったことは、その後の実践につながっているのか。
次に、経緯を見る。その会議は何を目的としているのか。情報共有なのか、意思決定なのか、職員の対話なのか。参加者は、参加の意味や自分が何を求められているか分かっているのか。
そこから、未来へ向き直る。発言が少ないことを責めるのではなく、会議をどのような場にしたいのかを考える。
最後に、次の一歩を小さく決める(「ちょいPのすすめ」)。たとえば、次回の会議では一つの議題だけ、最初に全員が短く意見を出す時間をつくってみる。
記録も同じです。記録が活用されていないと感じたとき、「記録の書き方が悪い」「職員が読み返していない」と結論づけるのは簡単です。
けれど、まずは事実を見る。どの記録が書かれているのか。誰が読んでいるのか。どの場面で使われているのか。次に、経緯を見る。なぜその記録様式になったのか。行政からの指導があったからなのか。子どもの育ちを共有するためなのか。事故防止のためなのか。書く量だけが増えているのは、複数の目的が重なっているからなのか。
そこから、記録を何に活かしたいのかを考える。そして、次の一歩を小さく決める。たとえば、様式を大きく変える前に、月に一度だけ記録を読み返し、保育の話し合いにつなげる時間を持ってみる。
このように、SLTOは答えを出してくれるものではありません。けれど、S・L・T・Oの順番で問いを立てることで、話し合いの質が変わり、過去の挑戦が組織の「資産」となって生きるのです。
最後に、もう一度確認しておきたいと思います。
活力のある組織には、小さな挑戦が息づいています。その挑戦は、過去を切り捨てるところからではなく、過去にあった願いや工夫を見つめ直すところから生まれます。過去を否定せず、次の一歩へ向き直る。そのための思考として、SLTOステップは有効だと思います。
明日、職場で誰かの提案を聞いたとき、このSLTOステップを思い出してみてください。問いの順番やアプローチを変えるだけで、話し合いが、過去を否定するためではなく、次の実践を考えるためのものになっているはずです。そして、その積み重ねが、小さな挑戦を支える組織を育てていくのだと思います。
【SLTOステップの問いかけ】
□Sight:感情を横に置き、何が起きているか?
□Line:その取組に込められた、当時の願いや事情は?
□Turn:何を引き継ぎ、何を変えるか。今必要な挑戦・改善は何か?
□Outlook:園として何を大切にし、そのために今日から試せる小さな一歩は?
関連記事
分類を選ぶと、関連する記事が表示されます
.png)
.png)
.png)
.png)